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ひらとみ神社


開饒(ひらとみ)神社の由来

開饒神社 開饒神社は、わが国糖業の元祖である、直川智翁を祀った神社です。
 直川智翁は、今から約400年前の人で、大和浜の農家に生まれました。翁は、所用のため琉球(今の沖縄県)に渡航中、台風にあい、支那(今の中国)福建省に漂着しました。当時、支那(中国)においては、外国人に製糖技術を習得させることは、国禁であったが、翁はひそかにサトウキビの栽培法と製糖技術を習得したのでした。
 帰国にあたり、手持ちの衣類箱に二重底を作りその中に、サトウキビの苗三本を隠し持って来ました。その三本の苗を戸円字磯平(今の磯平パーク)に試植し、5年後に製糖に着手、黒糖百斤(60kg)を収穫しました。
 その後、奄美大島が琉球から島津藩に属した頃、藩は直川智翁の孫に糖業増産を命じ、島津藩の唯一の財源としました。薩摩藩は島民に対して、租税は全部黒糖で納めさせ、島民は苦しい生活を過ごしたが、その黒糖による財源で薩摩藩は明治維新で活躍し、現在の近代日本の基礎が築かれたと言われています。

 直川智翁の偉業は、奄美・沖縄の基幹産業の基盤であるとともに、わが国の産業開発の偉大な先駆者として、その功績を讃えるために建てられたのが、この「開饒神社」です。


開饒(ひらとみ)=産業を開拓したという意味(とみをひらく)


開饒神社 建立 明治15年11月1日
改築移転 大正2年10月
昭和36年5月
再建 昭和57年7月(3,300万)百周年



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